うちの愛犬のはなしですが

私の相棒の柴犬のななが、昨日の朝、息を引き取りました。
2004年の7月7日生まれ。16年と4か月余り生きたので、もうおばあちゃんですし、
老衰だと思います。生き切ってくれたのだと信じて、寿命を全うしたのだと思うことにします。

火葬も可能な動物供養をしてくださるお寺があるというので、そのお寺でみおくってやることに決め、お寺に連れていくまで、家で一緒に過ごせるのが丸1日半あったので、動かなくなってしまった ななに たくさん声をかけて、涙が枯れるほど泣きました。それもよかったのか、また、火葬をお世話くださった方の丁寧な骨の説明と、長時間のお葬式に付き合ってくれた妹のおかげで、
2日目の、日が落ちて暗くなり始めたころ、ななが骨になった時には、
かなしいより「ななよく頑張ったね」「天国にいって、本当のお母さんに頑張ったね~ってほめてもらいなよ!」というななへの労いの気持ちのほうが大きくなっていました。

ななが元気で活発に動き回って、一緒に遊んだり散歩したり、笑いあったりじゃれあったりした楽しい時期はもちろんのこと、
トイレの粗相にはじまり、
狭い場所に入り込んでしまいその場から出られずに長時間暴れて、体のあちこちケガをして血だらけになってしまうなどの危険行動や、ご飯が自分ひとりで食べられなくなってしまったり、夜中に遠吠えをしてなだめても鳴きやまないことや、まだまだ困ったことが山盛りにあった、この2年余りは、
外出の時間以外はずーっと、寝ても覚めても、常にななの息遣いを感じるくらいの近くで過ごしていて、自分の一部になったくらい近くにいて過ごしたので、
濃密な、大事な時間を過ごさせてもらったんだなぁと、今、思い返しています。

とにかく、ななのことは大好きでした。大切な私の宝物でした。
どんな時も私の隣に寄り添ってくれて、
ジーっとその瞳でみつめられると、不思議とパワーがチャージされて、元気になれましたから、私の守り神であったと思います。
犬にしておくのはもったいないくらい・・といっても、犬のほうが本当は純粋で尊い存在なのかもしれませんが・・

主人は、焼いてもらってお釜から出てきたななをみて、
「骨になっても、ななだってわかる・・かわいいよね」とつぶやいていました。

生前お世話になった動物病院のみなさん、
ななのことを、いつも、かわいい子やで大事にしたってね~^^と言ってくださったご近所のみなさん、
ななのことを、いつも、元気にしとるの?と私に聞いてくださった友人・知人、
ななのことを、私の子と同等におもってくれて、実際に世話をしてくれたり、手を貸してくれたちかしい人たち、
なながいってしまったことを聞いて、優しい言葉をかけてくださったみなさん、
支えてくださって、見守ってくださって、気にかけてくださって、本当に感謝します。

明日の朝食で、バナナやパンやヨーグルトを、
ななにやろっ!と、
ちょっと残してしまうんじゃないか・・と心配です・・・

今夜は、ななにかけてやっていた毛布を、抱いて寝ようと思います。